解剖学と情報

人体内部について調べる際、誰でも身近で手に入れることが出来る資料の多くはスケッチ集や図鑑ではないだろうか。

皮下組織、筋骨格について、詳細なスケッチと解説でとても役立つものだ。

しかしあくまでスケッチである。実際の解剖から人の手が加わり、抽象された情報なので、実物と大きくかけ離れている可能性もある。

 

実際の写真や映像で人体内部の構造を調べたい場合、人体解剖の写真や映像が収録された医学専門資料を探せば手に入るが、専門書というのは希少で数十万円するものもあり、なかなか価格も手が届きにくいものではある。

 

インターネット検索で探すことでも、多くの資料が手に入る。しかし、日本語検索だとなかなか質の良い人体の実物を使った解剖解説は出てこない。日本では血や死というものについては、ショッキングだということであまり身近な存在ではない、ということも影響しているとおもうが(中東や東南アジアのテレビニュースだと、事故った細切れの遺体がふつうに映っていたりする)、日本語で書かれている充実した資料にはほとんど当たることがない。

 

当然だが、英語で検索するとそのあたりのフィルタがとれて、かなり鮮明な解剖資料にアクセスすることが出来る。多くはアメリカの医学部でもちいられる医学専門資料である。解剖学のテキストや映像資料で紹介される観察対象の遺体は、腐敗を防ぐ処理をされ保存された遺体を用いられているようで、筋肉や血管も血液が抜け、薄いクリーム色から灰色になっており、血管や神経、筋の構造はじっくりと的確に観察することが出来る。

しかし当然ながら死体なので、動きや反応のある生体からはだいぶ差がある。とくに神経や筋の反射や血流の様子、内臓の動きを見ることはできない。

これは人体の不思議展のようなミュージアムものでも同様である。

 

生体について観察したい場合、外科手術の記録資料を探すと多く手に入れることが出来る。これも英語で検索しないと良い資料は出てこない。骨折や内臓の手術、脳外科手術、歯科など、患者が麻酔されているとはいえ、生きた人体の内部を垣間見ることが出来る。しかし、完全にテキストや流れのある映像資料としてパッケージされているわけではないので、スナップ的で断片的なものが多く、なかなかここが見たい、というところが見れない。解剖用の資料で構造を詳しく確認し、その部位に関して外科手術の資料で生きている状態を少しでも見つけて補完する、という感じだろうか。

 

現代社会では、生きた人間を麻酔もなしにそのまま解剖していくような行為は残酷で非人道的であるとして許されていない。しかし純粋な人体に対する好奇心や探究心としては、そうした実験をしてみたい、という気持ちを持つ人間もいるだろうと想像できる。

実際かつて第二次大戦中、旧日本軍の731部隊ナチスドイツではそうした生体実験を行っていたとされており、その調査結果が残されている。

また現代でも、紛争戦争地域や、闇社会に突入してみればそうした行為が可能かもしれないが、死の危険や自分も苦痛を味わうことになるリスクは大きい。

テロ集団やマフィアが関わっている殺人映像には、生きた人間を切り刻んで拷問にかけたり、あらゆる方法で殺害する様子が収録されているものも存在する。街中で偶然撮影された殺人現場、鉄道人身事故、自殺の様子なども多く確認できる。

人道的な意識や感情を完全に捨ててしまえば、こうした映像というのも貴重な資料となりうる。時に技術の進歩が人間の残酷さの延長にあることは、多くの歴史的事実によって証明されている。

近年は映像記録機器も小型で高性能、低価格になり、インターネットにアップされる映像の画質も格段に向上しているため、かなり手軽に、鮮明な生体情報の記録がすぐに共有される。 その気になれば(リスクを負えば)、それらの情報を元に自分で簡単な外科手術を行うことも可能なのだ。非常時災害時の人命救助にも役立つかもしれない。

人を死に至らしめる方法は同じく生かす方法でもある。

 

情報環境の変化はバイオ革命と同じく、パーソナルなメディカルハック(DIY医学)を生むだろうか。