温室

飽きてきたのである。

とにかく、MacからiTunesSoundcloudyoutubeやmixcloudのサウンドが出てきて、それをモニタースピーカーで聴く、という環境に。

ハイレゾでも同じ。

コンピュータからインターフェースを通じて出てくる音に飽きてしまったのだ。耳がこれらの音を拒否しだした。

 

ここでよみがえってくるひとつの記憶がある(急に)。

イチゴを栽培している温室(ビニールハウス)のなかで、祖父と祖母が農作業をしている。20m×5m×3mくらいの大きさ。外気は冷たい木枯しだが、この膜の中は蒸した空気とまとわりつく湿度に守られている。

半透明ビニールと鉄パイプで組まれた温室は、ミニマルで未来を空想させるテクスチャと構造を持ち、暇を持て余した少年にとってはSFのVR空間となっていた。空気さえも管理された、まるで宇宙船の中だ。

そこでの農作業の傍ら、温室の隅に置かれたラジカセからラジオが聴こえている。ニュース、天気、CM。

少年の頭の中では、この音は通信機で、地球からのしんごうをじゅしんしている・・という設定だ。しゅつどうの合図はまだか。

 

音楽はふたたび管理されすぎてしまった。

かつてはコンサートホールと権力に。そしてメディアと資本に。いまはインターネットと情報に。

イチゴは温室で管理され、その傍で少年が遊ぶ。

どこかその膜の閉鎖空間の片隅に、音とともに、新しい遊び方、聴き方を求めている少年が、ワクワクしながらしゃがんでいる。